岡野宏文のアーカイブ
はえぎわ「ハエのように舞い 牛は笑う」
- 2014年10月24日 22:37
- 岡野宏文
◎松花堂弁当のように舞い、プルコギは笑う
岡野宏文
魚をすなどる投網のように、三つの注意事項が必ず開幕の前にお客に投げかけられます。
その一、携帯電話を殺すこと。
その二、録音録画の禁止。
その三、飲食の御法度。
僕にとっての最大の問題は飲食です。許したからといって飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが客席でおっぱじまるとは劇団側もまさか思ってはいないでしょう。せいぜい場違いに煎餅などガリガリとかじり出すやつが発生するくらいが関の山だと思います。しかし、ものを食べながらなにかを見る楽しさは、映画館のポップコーンを考えるとき、一舌瞭然なんであります。なにも名画「無法松の一生」でかの阪妻が枡席でくさやを焼いて鼻つまみになる、そんなひそみにならってご託を並べているわけではありません。僕はごく慎ましく、松花堂弁当を食べながら「ライオンキング」が見たい。ごくごくひたむきに、冷やし狸を食しながら蜷川幸雄だって見たいし、めっぽういたいけに、モスバーガーを頬張りながら野田秀樹を見つつ手がベタベタにさえなりたいと焦がれているわけです。
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KAAT×五大路子「ニッポニアニッポン~横浜・長谷川伸・瞼の母~」
- 2014年6月25日 13:30
- 岡野宏文
◎悲しみへの愛着
岡野宏文
私は子供の頃、たいした映画少年だった。生家の向こう三軒あたりに小さな映画館があって、日曜日になると、守をするのも邪魔くさかったのか、十円玉を三つほど握らされては、追い出されるようにして、スクリーンばかりが明滅する心地よい暗闇の中へ潜り込んだ。
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劇団青い鳥「ちょっと、でかけていますので→」
- 2014年2月19日 13:30
- 岡野宏文
◎秘密の貌との戯れ モヤモヤを携えたまま
岡野宏文
悩みと言うほどの悩みはないのだが一つあるとすれば脳粗鬆症である。パニック障害にとって「ほんとうにあった怖い話」としかいいようのない医療機器MRIに、嫌だから金輪際入らないが入れば尖閣諸島でオリンピック開催してくれるんならば嫌がらせのため入るかもしれず、入ると私の脳の映像はかそけくはかなげに頼りなく映るのではないだろうか。
誰もが苦笑いまじりにはき出す人名がおぼつかないはすでに神の域に入り、小説の登場人物の名前が分からず、誰だか分からない男が突然犯人で驚愕するのだが、人名はまだよく、存命まで不覚なので、とっくに亡くなったと思っていた私に洗面台の鏡で出くわしこの世のこととも思えなかった。
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AI・HALL「寿歌Ⅳ〜火の粉のごとく星に生まれよ〜」
- 2013年11月20日 13:30
- 岡野宏文
◎劇場と観客を祓い、喜びを寿ぐ
岡野宏文
AI・HALLで北村想作・演出「寿歌Ⅳ」を見ました。
「寿歌」は「ホギウタ」と読みます。「ジュカ」とか読むと、「本当にあった怖い話 呪歌」になってしまうのでよろしくありません。呪いの歌よりもむしろ寿歌は「寿ぐ歌」ですから佳き時、祝うべき時に歌う、あるいは歌われる歌ということになります。なにが寿がれるのかはまだちょっと後に書きましょう。
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劇団鹿殺し「無休電車」
- 2013年11月6日 13:30
- 岡野宏文
◎泣き顔の青春グラフィティ
岡野宏文
しょっちゅう尊敬しているものだからまるで無分別のように見えなくもないが、わたしの畏敬する歌手・中島みゆきは、「ファイト!」という素敵な青春応援歌の中でだいたいこんなようなことを歌っている。正確な歌詞を書き写せないさる陰険な事情のあることはお察しいただきたい。
−闘う君を闘わないものが笑うだろう。だけど、ファイト! 君はつらさの中をのぼっていけ
今から書く劇評において、批評される舞台は「闘うものたち」の作り上げたそれであった。そして私は、嗤っていはしないものの、少なくとも「闘わないもの」なのだった。まったく、この業界において私ほど闘わないものは珍しいといわねばならない。へこたれることにかけて私はかなり卓越している。朝目が覚めたといってはへこたれ、部屋から玄関までが遠すぎるといってはへこたれ、なんのかんのといってはへこたれてばかりいる。
そこで、「闘うもの」と「闘わないもの」はセーヌの左岸と右岸にたたずむ二人の人に似ていることになる。いや、別に善福寺川でもいいのだけれど。とにかく、両岸にそれぞれ向かい合って立つ二人にとっては、流れが逆方向なのである。同じ右へスタートを切ったとて、わたしはヘナチョコにあえなく水に流されていくだけだ。踏ん張って流れをさかのぼっていく方の裳裾にも触れる暇がない。その遠近法を手元に以下をお読みいただきたい。
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マームとジプシー「あ、ストレンジャー」
- 2013年2月27日 13:45
- 岡野宏文
◎太陽が貧しい
岡野宏文
「マームとジプシー」の『あ、ストレンジャー』は、ノーベル賞作家アルベール・カミュの代表作『異邦人』を換骨奪胎した公演であった。
恥ずかしいのでいままで「ジュール・ヴェルヌです」とかいってつつましく隠し通してきたが、私の卒論はしょうみなところカミュである。フランス語なんか全然できないくせに、ブランデーじゃない方のカミュを恐れ多くも扱ったところが実に罪作りな私らしい。
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TRASHMASTERS「背水の孤島」
- 2012年9月26日 13:15
- 岡野宏文
◎言葉もたない命よりも
岡野宏文
まず最初に、「背水の陣」という言葉の意味を確認しようではないか。
この言葉は中国の史記による故事をもとにした成語で、絶体絶命の状況においてあえて川を背にした陣を敷き、決死の覚悟で全力を出し切って戦に臨むやり方で勝利を目指す戦略をいう。
つまり「背水の陣」とは、十中一の望みもない立ち位置で、絶望に溺れるでもなく希望をかきたてるでもなく、もはや希望以外のなにものも持てぬがんじがらめの前のめりの姿をさすのである。
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地点×KAAT「トカトントンと」
- 2012年2月22日 14:55
- 岡野宏文
◎トカトントンとドカドカドン
岡野宏文
虎は死んで皮を残す、人は死んで名を残す、などということを世間では太平楽な顔をして嘯いたりするわけだが、これは嘘だ。
といったって、せいぜい犬ばかりを飼ったことがあるくらいで内澤旬子女史のごとくかわいがって育てた豚の子をみずからの手でつぶして食するなんて芸当のできる動物好きでなし、虎のことは分からぬのだ。人である。人が死んで残すのは言葉である。もっといえば人は死して言葉だけしか残さぬ動物なのである。
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ユニットえりすぐり「乙女の祈り」
- 2012年1月11日 20:27
- 岡野宏文
◎乙女のあいのり
岡野宏文
乙女の祈りとはなんだろう。いや、それではいい方が違う。正確に言えば、祈っている乙女とはいったい誰だろうとどなたかにたずねたいのだ。
乙女なるものの祈りときた日には、憧れと絶望が猛烈に混濁して、クラインの壷のように胸中をでんぐり返っているのではあるまいかとわたしには思える。
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維新派「風景画-東京・池袋」
- 2011年11月23日 14:05
- 岡野宏文
◎最も東京らしい呪われた風景画を描く
岡野宏文
「風景は涙にゆすれ」とは、言わずと知れた宮沢賢治の魅力的な詩のワンフレーズであるけれど、涙にゆすれるような飛び切りの風景の発見こそ、いま私たちが力を注がねばならぬ肝要な営みの一つなのではあるまいか。
「見た目に美しい自然の景観」というのが「風景」というもののとりあえずの謂であると思われる。だが私たちが日々呼吸するぬくもりをまとった時間の中で、風景とは決して霧にかすんだ摩周湖や逆光の空に赤くはめ込まれた富士の肢体なんて洒落臭いしろものばかりではありえない。銭湯の番台に小銭を置く指先から匂う口紅の甘やかな横顔や、夜の裳裾がともしていくざわめく街角の千の眼も、誰恥じることのない風景の風上である。
風景はなまめかしいページをしまっている。
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