◎眼差しが照り返されて生のありように向けられる
武藤大祐(ダンス批評)
どれだけ「斬新な」ダンスか、どれだけ「秀逸な」作品か、などということより、それに立ち会うことが自分の日々の生活にどれだけ深刻な影響や衝撃をおよぼすか、ということを基準にして、作品なりダンスなりに立ち会いたい。いいかえれば、日々の瑣末事や社会の中の諸々の出来事とともに生きている自分の身体をきちんと携えたままで作品やダンスに行き当たりたい。そんな気持ちを目覚めさせてくれたという意味では、まるで湯水のように「作品」が大量消費される年度末の東京の不毛な公演ラッシュにも感謝せずにいられない気さえする。
●巧みなウソとぎこちない本当
この4月2日、ある劇評セミナーの帰り、途中まで地下鉄をごいっしょした劇団印象のプロデューサーまつながかよこさん。あの日「愛の物語になっちゃったね」とひとこと言って私は帰ったという。横浜相鉄本多劇場の「青鬼」を見せてもらった日のことである(2009年3月21日所見)。その作・演出鈴木厚人さんもいっしょだったので自称び探検隊長の私はヤッホー!(二本の指でV字作って)のご満悦だった。
パラドックス定数は、私が上演を楽しみにしている、小劇場界では数少ない劇団のひとつである。数年前に渋谷のスペースエッジという場所で上演された、薬害に関する公開講座を扱った話を観劇して以降、ほぼすべての公演に足を運んでいる。このパラドックス定数という劇団の演劇が、他の劇団の追随を許さぬほどに舞台芸術として洗練されており、硬質な台詞によって役者の魅力を最大限に引き出しているということは特筆すべきことであろう。毎度毎度、期待しながら劇場に向かう。劇団員の役者を、また見たくなってしまう。そういうひとつの中毒である。この劇団の「レビュー」を執筆するに当たって、はじめ、私は以下のようにこの文章を書き始めたのだった。
見えるかい 亀が歩いてる
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